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SAS社会保険労務士事務所
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#1:「人は感情に基づき行動し、論理で正当化する」の落とし穴

 私事になってしまいますが、2年半ほど前より、あるビジネススクールに通っておりまして、内容としては、現代哲学や現代思想に関するものとなります。

 

 私が生業とする社会保険労務士は、人事労務分野という、いわば実務系のこまごまとした業務が中心なわけで、そうした視点からすると意外に思われるかもしれませんね。

 

 通常は、ビジネスに直結する学びという点で幅を広げるとすれば、経営学とか財務・会計とか心理学とか、あるいはライセンスという点でいくと、中小企業診断士とかMBAとかというのが何となくのイメージかと思います。ただ、こうした実学の分野というのは、既に体系化され型にはまったものですので、そこそこのレベルでよければ、関連する書籍に目を通せば済むことですし、一方で専門家と言われる人たちもまたたくさんいるわけなので、そこに敢えて割って入っても、差別化が図れるわけでもなく、単なる”頭でっかち君”になるだけかなという、何かもやもやとした思いを抱えておりました。

 

 そんなときに、出会ったのが、「哲学」という分野。そして、特に「現代哲学」や「現代思想」に特化して、単なるアカデミズムとしてのお勉強を目的とするのではなく、実際のビジネス(セールスやマーケティング、マネジメント、企画・戦略等)に落とし込み、結果を出すことを目的とした件のスクール(山本思潮塾)でした。

 

 前置きがかなり長くなってしまいましたが、このコラムでは、私がその中で得た知見に基づき、特に組織や人といった分野にフォーカスして、一般に言われる常識とされる内容を少し違った角度から書いてみたいなと思っています。

 

 「ずいぶん大きく出たな…」という印象かもしれませんが、別に私独自の見解というよりも、どちらかといえば、過去の数々の天才の肩に乗るような話になるかと思いますので、文句があったら彼らに言ってくれというスタンスの下、ある意味気軽な立場で書かせていただくこと、何卒ご容赦願います(笑)

 

 因みに、日本の学術・教育機関で最高峰といえば、やはり、なんだかんだ言っても、東大あるいは京大ということになるかと思いますが、それぞれの大学図書館の貸出分野ランキングというデータがあるとのこと、果たして、トップは何だと思われますか?

 

 経営学でも、経済学でも、政治学でも、情報工学でも、はたまた心理学でもなく、「分析哲学」だそうです。「分析哲学」とは、簡単に申し上げれば、論理の最小単位である「言語」を徹底して分析して突き詰め、ものごとの本質を追求するような学問です。言ってみれば、この世界の在り方を見極めるような分野ですが、学生のうちからこのような抽象度が高く、取っつきにくい文献を読み漁ってるとは、末恐ろしいといいますか、さすが東大・京大。こういった人材が社会に出て広くこの社会の政官財に入り込んでいると思うと、小手先の知識やノウハウを得たところで、その支配構造から逃れるのは容易ではないなと、齢40を大分過ぎて気付いた次第です・・・ 

 

「人は感情に基づき行動し、論理で正当化する」の落とし穴

 一般に、人の行動について考えるとき、「感情論」が優先されます。いわゆる「人は感情に基づき行動し、論理で正当化する」というやつで、理論的には、ある心理学者が唱えた「認知的不協和」と言われるものがバックボーンになっているようです。

 

 要は、人は皆、自分の感情に従い行動し、後付けで都合よく解釈しているだけだと。これはある意味その通りとも言えますが、こうした考えをベースとして、相手の感情になるべく寄り添って、傾聴・共感・承認を繰り返し、相手の行動を促そうとするような体系が、一昔前からある「コーチング」だったりします。

 

 しかし、この「感情」ですが、よく考えると、実はもう一段上には「論理」があることがお分かりになりますでしょうか。

 例えば、「目の前にあるコップの水を飲む」という行動について。

 これを、「論理的な行動だ」という方はあまりいらっしゃらないと思いますが、実は極めて論理的な行動と言えます。

 

それを飲むことでのどの渇きを癒すことができることを過去の経験を通じて体得し、そしてそれがこの世の中で水という言葉で言われているという事実的世界(=論理)を知って、行われる行動。

 

当たり前ですが、生まれて数か月の赤ん坊の目の前に、コップの水を置いても、無反応か泣き叫ぶかひっくり返すかはするかもしれませんが、間違っても飲むという行動は取らないはずです。

 

 なぜ、このようなある意味、屁理屈のような話をしたかと申しますと、私たちは、この世界を言葉を通じてしか認識できないこと、普段、絶対的な事実と思いこんでいることは、実は言葉によって決められているということをお伝えしたかったからです。

 

 近代の哲学者カントの有名な言説で、「認識が対象に従うのではなく、対象が認識に従う」というものがありますが、これは、「まず身の回りにいろいろな対象物があって、(その後)それを私たちが認識しているという構図ではなく、人それぞれの認識に基づいて対象物(という事実的世界)が浮かび上がっている、要は私たちが主体となって認識することで初めて世界が成り立っている」と言っています。ただ、この時代では、まだ「認識」なるものの正体が明確になっておらず、その後、現代になって人間の内面にフォーカスする心理学などの分野が派生することにも繋がるわけですが、現代哲学においては、その正体が「言語(言葉)」であることを突き止め、言い換えれば、「言葉が事実に従うのではなく、事実が言葉に従う」ことに辿り着いたわけです。

 

 例えば、道路にある信号機の「青信号」。

 あれは、どう見ても「青」色ではなく、「緑」色なわけですが、誰も何の疑いも違和感もなく、「青信号」と呼んで、この社会は成り立っています。因みに、英語圏では、「Blue Light」ではなく、「Green Light」とされており、他の言語圏でも「緑」を表す言語で呼ばれているようですので、「青」としているのは日本だけだそうです。何かのクイズでやってましたが、昭和初期の時代に、ある新聞報道で、「青信号」と表記されてから、定着しているということでした。

 

 以上は、単なるトリビアとしてご紹介したかったわけではなく、重要なのでは、そもそもどのような世界、どのような業界であっても、こうした普段当たり前と思っていること、常識と考えられていることにおかしな点がある、そしてそれは言葉のレベルで私たちの深層心理に(時には感情という名の下、あたかも絶対的な事実のようなフリをして)入り込んでいるため、なかなか気づきにくいという特性があるということです。

 

 先行き不透明なこの時代、「常識を疑え」「前提を覆せ」とはよく言われることですが、その「常識」とか「前提」というのは、本来的には言語レベルで疑ってかかる必要があり、そうすることで初めて世界を薄めて見ることが可能となり、ビジネスの場面でいえば、新たな商流や新サービスなどイノベーションが実現できるともいえます(偉そうに言ってしまいましたが、当然それは簡単なことではなく、私自身、自戒を込めて、申し上げています。)。 

 

あなたの業界の「青信号」は何ですか?

そこに思わぬビジネスのヒントが隠されているかもしれません。

 

(2018-11-1)

 

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「Philoness Mastery(フィロネスマスタリー) 〜哲学とビジネスの交差〜」
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